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大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)2985号 決定

債権者

石井嘉章

右代理人弁護士

戸田正明

債務者

大阪神鉄交通株式会社

右代表者代表取締役

小玉一雄

右代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者に対し、タクシー乗務員として雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、金一六万二二五四円及び平成五年八月二八日以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り一か月金二八万六三三二円の割合による金員を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、タクシー運転手であった債権者が、使用者であった債務者のした解雇が無効であるとしてその効力を争い、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに賃金の仮払いを求める仮処分の発令を申立てた事案である。

本件の主たる争点は、解雇の効力の有無であり、債権者は解雇は理由のないものか、解雇権の濫用であり、また、労働組合の幹部として積極的に活動してきた債権者を嫌悪した不当労働行為というべきものでいずれにしても無効であると主張する。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実、本件疎明資料、審尋の全趣旨を総合すると以下の事実が一応認められる。

1  債務者は、道路運送法による一般運輸業を営むいわゆるタクシー会社であり、債権者は昭和五五年六月一五日債務者に雇用され、タクシー乗務員として勤務し、大阪神鉄労働組合に加入している者である。

2  債務者は、債権者に対し平成五年七月八日付書面で、債権者が平成五年六月三〇日に接客態度不良を原因とするトラブル(以下「本件トラブル」という。)を惹起したことを直接の理由として、同年八月一〇日付で解雇する旨の予告をし、債務者を解雇した(以下「本件解雇」という。)。

3  本件トラブルは、平成五年六月三〇日午後四時ころ、債権者の乗務するタクシーに豊中市庄内東町から大阪市淀川区十三方面まで乗車した女性客が、債権者の客扱いの悪いことに立腹して同年七月三日債務者に苦情の電話をしたことで発覚したものである。

その内容は、右女性客が乗車して行く先を告げてもはっきり返事をせず、車内に煙草の煙が立ち込めていたのを指摘されたのに客席のボタンで窓の開閉を調節するよう言っただけで謝らず、半ドア状態に気がつかないで走行し、これを他車の運転手から知らされたのにドアを閉めただけで無言で進行したこと、目的地を指示したのにその対応にも誠意がみられなかったというものであり、右女性客は降車の際領収書を徴したうえ、右顛末を債務者に電話で知らせたほか、近畿陸運局にも告知した。

4  債権者は、本件トラブルに至るまでにも、〈1〉平成四年六月二日に女性客と乳児を乗せて進行中急ブレーキをかけ乗客が怪我をしたがその対応が悪かったこと、〈2〉同年七月三〇日に保津川団地に向かう客を乗せて走行したが、道を間違えたこと、〈3〉同年八月二〇日に阪急グランドビルから客を乗せ、上本町で荷物を積んだうえ宝塚に行くところ、途中上本町で客の乗車を確認しないで発進したことなどで苦情が寄せられたことがある(以下、これら三件を「従前トラブル」という。)。

債務者は従前トラブルは、債権者の接客態度不良によるものとして解雇をすることとしその予告通知書を交付したが、債権者から「今後貴社乗務員として勤務するに当たり、事の大小を問わず、勤務中における各種トラブル等、服務規定に違反するような行為並びに過失度三〇%以上の有責事故を起こしたときは、会社から如何なる処分を受けても、一切異議なく処分に従う」旨の誓約書の提出を受け、債権者を乗務停止一週間の処分に付すことに止めた。

なお、右誓約書の文言は極めて厳しいものであるが、債権者は平成五年二月一日、一〇〇パーセント自己過失の自損事故を惹起し、債務者に損害を与え、一旦は任意退職の申し出をしたが、これを撤回し、所属労働組合が嘆願書を提出して処分が見送られたことがあり、実際には弾力的な取扱いがなされていた。

二  以上の事実によると、本件トラブルは、雨降りに客を求めて走行するタクシーが社内に煙草の煙を立ち込めていた点ですでに債権者の接客態度に問題なしとはいえないうえ、半ドアという乗客の安全に影響しかねない状態で運転し、他から指摘されたのに乗客にはっきり分かる謝罪態度をとらなかったことなどから、乗客が立腹し、その憤懣が収まらず、数日後に苦情を寄せ、さらに監督官庁にまで知らせるに及んだというものであり、従前トラブルによって処分を受けていることなどを考慮すると、本件トラブルにおける債権者の行為は、サービスと安全を重視すべきタクシー運転手の服務規律違反として懲戒に相当し、諭旨解雇されてもやむを得ないものというべきである。

なお、債権者は本件解雇に当たって賞罰委員会を経なかったことから解雇は無効であると主張するが、規定上賞罰委員会の開催は必要的ではなく、従前トラブルに対する処分の経緯、本件解雇に至るまでの労使協議の経過などからすると、賞罰委員会が開催されなかったことをもって本件解雇の効力が左右されるものではない。

また、前記認定及び判断によると、本件解雇が不当労働行為によるものとはいえず、また権利の濫用であるとも認められない。

三  以上の次第で、債権者の本件申立ては、被保全権利についての疎明がないことになるから、その余について判断するまでもなく、理由がないものとしてこれを却下することとする。

(裁判官 井筒宏成)

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